出会いと別れと雨




叩き付けるような雨が昼頃からずっと降っており、湖の水位も上がっていたので溢れて来るのではないかと思っていた。別に溢れて来ても犠牲になるのは自分だけなのだからそれ程気にすることでもなかった。それに、雨は好きだ。だが、今日のように強くて煩い雨は嫌いだ。もっと穏やかで静かな雨の方が質が良くて好きだ。
私は窓の近くにある椅子に座ると明かりを付けることも無く、薄暗い部屋の中から窓の外を眺めていた。
雨は勢いを弱めるどころか、ますます強くなって降り続ける。このままずっと雨の音を聞いて、眺めていたいと思った。それが、彼女にとっての唯一の幸せだからだ。
それから暫し雨を眺め続けていたら、絶対に見えるはずも無い人影が暗い豪雨の中に見えた。その人影は慌てているらしく、首をあちらこちらに向けている。
こんな人気が全く無い森の奥まで人が来るのは珍しいことだったので、人がいることが不審に思えた。この辺には一軒のぼろ家が建っているだけで他は何も無く、人里から結構離れている所だ。ただでさえ人が来ないような場所なのに、こんな夜遅くにここまで来るのはどう考えてもおかしい。余程の変わり者なら話しは別だが。
雨を眺めていた目線をは人影の方に移してその様子を机に頬杖を付きながら窺っていた。
「誰だろう。もう遅くて暗いし、こんなに強い雨が降っているのに…」
彼女が住んでいるぼろ家は小さくて周りが木々に囲まれているので、外からは見え難くなっている。たまにだが、自分も一度外に出ると分からなくなってしまう時もある。
人影の動きがぴたっと止まると、それは方向を変えてこちらに向かい始めた。この家の存在をあんなにも遠い所から見つけられたのならそれは凄いことだと内心思った。だが、それが近づくにつれては得体の知れない恐怖に襲われ始めた。彼女は窓から顔を出すのをやめて立膝を立てると、腰にあるポーチからクナイを一本出して近づいてくる気配の方に集中した。しかし、気づけばその気配はまったく間逆の方向にある扉の方からしたのだ。慌てて壁に寄り掛かり、クナイを持って待ち構えると、扉を叩く音が聞こえた。は固唾を飲み込むと、雨の音に消されないように声を張り上げて応答した。
「誰だ?」
「雨宿りをさせてもらいたいのですが…」
疲れきって掠れたような声が雨の中から聞こえ、は暫く考えてからその扉をゆっくりと開けた。そこには黒い七部丈のズボンと肘の長さまである袖の服を着た黒髪の青年が、同じく黒ろい髪をした少年を背中に負ぶって立っていた。二人とも雨で上から下までずぶ濡れだった。
「汚い家だけど、雨宿りくらいにはなるわ。入りなさい」
青年は軽くお辞儀をすると、彼は家の中に入った。は彼の背中で弱ったような顔をしている少年を抱き上げるた。そして、青年に笑顔を向ける。
「タオルならそこに掛かっているから使って良いわよ」
「ありがとうございます」
は抱き上げた少年を自分のベッドの上に乗せるとタオルで拭いてやる。顔色が悪くなっていたので風邪を引いていることは一目瞭然だった。他のタオルを水で塗らすとそれを青年に手渡した。
「あの男の子風邪を引いてるみたいだからこれを額に乗せてあげて。男物の服は多少ならあるから、あなたもあと男の子にも着させてあげてね」
は彼らのために何か温かいスープでも作ってやろうと台所に向かって支度を始めた。どうしてここまで来たのか、それはその後に聞くことにした。
暫くしてスープが出来上がるとはお盆に湯気が立ったスープを入れた二つのお皿を持って部屋に入った。
「寒かったでしょう?ほら、暖炉に当たりなさい。スープもどうぞ」
彼女は何処までも優しく話し掛けて来て柔らかく微笑んでくれる。母のような雰囲気を感じる人だというのが彼女の第一印象だった。小さなテーブルの上にお皿を一つ置くと手をそれに向けて食べるように促した。青年は「すいません」と言うとスープを一口二口と飲み始めた。それの匂いに誘われてベッドの上に寝ている少年もむくりと起き上がる。はお皿を持っていくと「食べる?」とスプーンに一掬いして口元に持っていく。彼は目をまん丸にして開くとこくりと頷いて口を開けて食べた。
「あなたたち、一体どうしてこんな森の奥まで来たの?」
それを聞くと少年の方は食べるのをやめて俯いた。その代わり、青年の方がその質問に答える。
「この俺の弟が家出をしてしまい、それを探していたらここまで来てしまいました」
「そう。家出しちゃったの?」
少年は答えずに俯いたままで両手の拳を握り締めていた。はその頭を優しく撫でてやると、涙をいっぱい溜めた幼い目で彼女を見た。
「ごめんなさい…」
彼女は笑うと少年を抱いて頭を撫で続ける。
「理由は知らないけど、人に迷惑はかけないようにね」
少年は何も言わずにただ頭を縦に振った。
まだ雨は大きな音と共に降り続いている。
少しして少年が寝てしまうと、は台所の洗い場で皿とスプーンを洗う。その部屋の出入り口で青年が佇んでいるのが視界の隅に入ってくる。
「雨はまだ止まない?」
彼は急な質問に驚き一歩後ろへ下がった。
「いえ、まだです」
「そう」
青年はその場から動かずっとを見ていて、あまり落ち着かない。洗いながら彼の方に顔を向けると、彼はまた驚いたらしく目を一瞬見開いた。
「どうかした?」
「その…あなたの名前を聞きたいのですが…」
はそれを聞くとくすっと笑って手の方に視線を移した。
「人に名前を聞く時は自分から名乗るものよ」
彼ははっとすると肩に入っていた力を抜いて答えた。
「うちはイタチです」
「私はよ。あなた、うちは一族なのね…」
洗い物が終わると、彼女は絶やすことの無い笑顔をイタチに向けた。
「雨が弱くなるか、止むまでここで休んでいなさい」
イタチは会釈をすると暖炉の傍に行って火に当たった。
「あなたはここでずっと一人で暮らしているのですか?」
「えぇ、そうよ」
何時の間にか椅子に座っていた彼女に目をやると、イタチは体ごとそちらを向いた。
「寂しくないのですか?」
は驚くと、暫く自分の膝を眺めた。
一人でいることが当たり前だから、寂しいかそうじゃないかなんて今まで考えたこともなかった。自ら望んでこの生活をしているのだから、マイナスに感じることなど何一つ無いのだ。
「寂しくなんか無いわ。私は、一人でいた方が良いのよ」
そんなことを言う彼女だったが、イタチから見るとどこか遠くを見ているような茶色い瞳は泣いていて、口だけが笑っているように見えた。


それから何十分かして、先程までの豪雨が嘘のように外は静まり返っていた。
時折空から降り注いだ雫を溜めた葉からぽちゃぽちゃと小さな音を立てて水滴が落ちていく音があちこちから聞こえてくる。土は雨水を吸いに吸ってドロドロになっていて、歩くのに苦労しそうなのが目に見える。
イタチはぐっすりと熟睡した弟、サスケを背負って扉まで歩いて行った。一旦立ち止まるとそっとの方に振り返る。
「また…来ても良いですか?」
最初驚いたような顔をしていただが、にっこりと笑うと「えぇ」と柔らかく返事をした。その時のイタチは、どこか安心したような顔を見せると口の端を持ち上げて微笑んでいた。それは今日見た表情の中で一番明るく見えた気がした。
だが、イタチにはのどこまでも純潔な水色に近い緑色の瞳には暗い影が上に覆い被さって輝きを奪っているように見えた。
彼女には何かある…。イタチは咄嗟にそういう考えが頭に浮かんだ。
それからイタチは自分でもどうしてなのか理由が分からないが、妙にが気になり、暇さえあれば彼女の家に行くということが幾日か続いた。
行けば快く自分を招き入れてくだらない話しに付き合ってくれる。だが、ただそれだけのために彼女の家に行っていたわけでもない。
はイタチが来る度に笑顔を向けながらも、奥の方では何かもっとぴりぴりした物を差し向けていたのだ。彼女が自分を憎んでいることをイタチは何となくだが気づいていたのかもしれない。いきなり訊くわけにもいかないので、その訳を知るためにもイタチは彼女に何回か会っておく必要があった。
出会ってから数十日経ったある夜。
イタチは任務の帰り道ちょうどあの森の近くを通ったので、任務をしている間着ていた服のまま彼女のいる家に向かった。
家に近づけば近づくほどおそらく夕食だろう、それの良い香りが強く匂ってくる。
イタチの顔は自然に険しくなっていく。今日こそ訊いてみようと決意したのだ。
どういう理由があるのかは知らないが、どんなことを言ったとしても自分は受け入れる気でいた。なぜなら、イタチは彼女の優しさ、上品さ、そして容貌に心を奪われてしまっていたからだ。
自分でも最初は信じられなかった。最初に会った時から心の奥に何か引っかかっているような気がしていたのだが、気づけば彼女に惚れていたのだ。
それなのに、はイタチを恨んでいるような目で見ている。そんなことはあまりにも虚しいだろう。だから、この謎を解明しなくては気が済まないのだ。
扉の前で物思いに耽っていたイタチだったが、がちゃ、という音と共に戸が開き、中からは普段と何ら変わらないが柔らかな笑顔で出てきた。
「任務の帰りかしら?疲れたでしょう。入りなさい」
何の変哲も無い言葉でも、やはり多少暗いところがある。
イタチは中に遠慮なく入るとが進めた椅子にどか、と腰掛けた。目の前にはが何時にも増して輝いた目を向けている。口の端を持ち上げると両頬に笑窪が出来る。その頬はほんのり赤く染まり、色白の肌を強調する。ウェーブがかかった茶髪は電球の明かりに照らされて綺麗な艶を見せる。改めて彼女の美しさを目の当たりにしたイタチだった。
彼は恐る恐るだが彼女の目と自分の目を合わせる。おどおどしているイタチとは対照的に、は余裕ありげの表情に、恵み深い瞳をイタチに向ける。
「どうしたの?何時もはそんなに私と目を合わせないのに」
「訊きたいことがあるんだが…」
は首を傾げると「何?」とイタチからの質問を聞こうとする。
は…俺を恨んでいるようだが、理由は何だ?」
それを聞くとの両肩が一瞬上下に微動する。明らかに驚いているという顔をしている。
「あなたは勘が鋭いのね、隠していたつもりだったんだけど…ま、仕方無いわよね」
イタチは厳しい目付きでをじっと見詰める。彼女も同様に彼を見る。部屋中に重い空気が溜まっていく。
今までい色々な任務をこなしてきたイタチだが、彼女の発する雰囲気はとても複雑な物で、その上大きい。どんなに彼女を見ても心を読むことが出来ない。何を考えているのか分からない。
静寂が続く中、外の方では雨が降り出したようだ。屋根に勢い良く当たる雨の音は、初めて出会った時の天気を思い出させる。
「雨が降ってきたわよ。帰らなくて良いの?」
身の毛立つような様子を漂わせながらも、そういうことを平気で耳に心地の良い言い方で話す。
「あなた…うちはシスイをもちろん知っているわね?」
今度はイタチがその瞬間体全体を強張らせた。そして、眉間に皺を寄せるとを睨み付ける。
「どうして…その人名を出すんだ?」
それを聞くとは喉の奥からくつくつと笑い、だんだんと声のトーンが上がっていく。すると、彼女は先程と違い憎しみの念を表した瞳をイタチに向けて、椅子から立ち上がった。
「惚けないで!あなたが…あなたがシスイを殺したんでしょう!」
イタチは表情一つ変えずにの怒りに満ちた言葉を聞く。
「あなた…周りの人には殺してないって言っているみたいだけど…本当は…本当はあなたがやったんじゃないの?何とか言いなさいよ!」
の叫びは部屋の中で響くと直ぐに雨の降る音で掻き消されていく。暫しの沈黙が流れた。
「あぁ…俺がやった。だが、なぜシスイのことにお前が首を突っ込む?」
イタチは至って冷静だ。それが無性に腹立たしく、は大きな音を立ててイタチに近づき、襟元を掴む。
「シスイは…私の恋人だったのよ!それを…あなたが奪ったの!だけど…」
イタチの襟元を握る手を緩めるとは二、三歩後退ってからポーチの中から先が鋭く光るクナイを取り出すと自分の喉に付き立てる。それを見たイタチは軽く身構える。
「何をしている!クナイを離せ!」
彼女はにやりと笑うが、目からは涙がぼろぼろとあふれ出ていて、クナイを持つても震えている。
「私は最低な人間なの…。彼があなたに殺されたというのを聞いた時は絶対に許さないと思っていたのに…。実際に会ってみたら、私は何時の間にかあなたに対する憎しみが殆ど消えて、あなたを思う気持ちが出てきてしまったのよ!そんな自分が…私は許せない!」
は涙声で言うと改めてイタチの目を睨む。
「だから私は…シスイを裏切ってしまった罪を償う…。そして、あなたを呪うわ」
最後の言葉がイタチの頭の中でエコーのように何回も響き渡って消えない。彼女の一つ一つの言葉と声はイタチに恐怖を感じさせるには十分過ぎた。自分の体から体温が失われていくのが分かる。手からはべたべたした汗が滲み出てくる。
「好きだったのよ…あなたが…」
その瞬間、イタチの目の前は鮮明な赤一色になり、どか、と倒れる音が聞こえた。床には今まで動いていた物体から出てくる赤い液体でいっぱいに染まる。
イタチの足元に何かが当たったので自ずからそちらに視線を向ける。そこには血まみれになったクナイが、血を点々と床に残しながら虚しく転がっていた。
動かなくなったに歩み寄り傍で膝を付く。彼女の血で染まったまだほんのり温かさが残っているその体を抱きかかえると、イタチは額にそっと口付けて強く抱きしめた。彼の目の奥は黒く淀んでおり、自分で何を見ているのか理解をしていない。
自分はまた人を殺してしまった…。また、愛する者を自ら死に追いやってしまった。もう…何もいらない。
彼女をゆっくりと床に戻すと、の血に染まった手と服を気にもせずに、自分の行くべき場所に向かった。強い雨に体を打ち付けられながら…。


2005/11/17

どうもこんにちは、如月 綾さん。
先日はとても素敵なシカマル夢を本当に有難う御座いました。お返しが遅れてしまい申し訳ありませんでした。自分なりに頑張った結果、このような大変に暗いものになってしまいました。その上、相変わらず文章力がありません(汗)
こんなにくだらない小説を送り付けるのもどうかと思いますが、受け取って下さいませ。
おそらく、この後のイタチはうちは一族を滅亡しに行ったと思われます。ということなので、このイタチはお利巧と悪い子の間って感じですね。
それでは、この辺で失礼致します。

実葛 真






実葛 真様、本当にありがとうございます!
このような素敵なモノをいただいて感謝感激です。
ヘボ夢でしたらいつでもあげますでの、また、このような素敵な夢を私にください。
実葛 真様のサイトはこちらから。

                     by aya kisaragi