Zuerst Jahrestagsroman... Gedenktag [ゲデンク・ターク] |
その日、血盟城内はひっそりと静まり返っていた。 「あれ?迎えが来てない。」 バシャッ、と水を掻き分け、ユーリは噴水の中から一歩石畳の上に足を降ろした。 辺りを見渡せばそこは見覚えのある敷地。 「血盟城・・・だよな?そのわりにひっそりとしてるけど・・・」 いつもは兵やメイドたちの声が飛び交い、自分が到着したとの報告を受ければすぐさま駆けつけるのに対し、今日は何の声も人の気配すら感じられない。 何か、あったのだろうか・・・? ふと不安が過ぎり、水の吸った重い服を引きずりつつ敷地内を横切る。 コンラッドが戻ってきて漸く眞魔国が落ち着いてから一月。 忙しさに身を任せていたユーリは一週間前に地球へ戻され、今日再び眞魔国へと引き戻された。 今回スタツアの通路として使われたこの噴水は裏庭に設置されたもので、今はただの水溜めになっている。 なので、ユーリの体は水草やら苔やらの汚水塗れとなっていて。 「・・・・・・うへぇ、ちょっと臭う・・・・・・」 学校帰りだったために来ていた学ランを脱ぎ、同じく濡れたYシャツの釦を外して前を肌蹴させる。 「王様としてはちょっといただけないかもしれないけど、人居ないし。少しでも汚さないためだから許してもらおう。」 そう自己完結をし、ユーリはてくてくと無人の廊下を進む。 真っ先にくる護衛のコンラッドも、王佐のギュンターも、うるさい婚約者であるヴォルフラムも来ない。 自室に着いたユーリは眉間に皺を寄せ、ひっそりと溜息を落とす。 着替えを取りにクローゼットに近寄ると、いつもの場所――クローゼット脇にある棚の上――に自分の衣服が用意されていた。 「? 準備されてある・・・。」 触れようとして自分が濡れていることを思い出し、そのまま湯殿へと向かう。 24時間使用可能な湯殿にはいつもの如く湯が張り巡らされていたが、ユーリは湯船には浸からず汚れだけを落としてすぐさま後にした。 準備されていた衣服を身に纏い、しかし釦を留めるのもそこそこに部屋を出る。 まずはいつも顔馴染みの人物たちが集まる執務室へ赴き、扉をそっと押し開けて中を覗き見た。 「・・・いない、か。」 静かに閉め、次は謁見の間へ足を向ける。 やはりそこにも人は居なかった。 厨房にも、メイドの休憩室にも、門番も衛兵も、人っ子一人いない。 最終的には個人の個室に赴き、グウェンダル、ギュンター、居ないとは解っているが一応ヴォルフラムの部屋も覗き、最後になったコンラッドの部屋の前でユーリは唇を噛み締める。 「・・・ここにも、きっといない・・・」 確信があった。 なぜなら、自分にコンラッドの気配が解らないわけがないから。 今こうして目の前に立っているが、中から己の安心する気配が全く感じられない。 何かが、あったのだ。 自分の居ない間に、血盟城で何か良くないことが・・・皆の身に何かしらの事件が起こった。 眞王廟や城下まで下りていないから解らないが、もしかしたらそれは眞魔国全土に渡って起こった可能性もある。 ここまで人の気配がないのは、それだけこの城では有り得ない事だから。 だからこそ、ユーリはそう確信し・・・強く拳を握り締めた。 「おれが居ない間に、一体何があったんだよ・・・っ」 問いを求めてもそれに答えてくれる人は居ない。 ぐっと奥歯を噛み締め、ユーリは再び顔を上げて足を進める。 まだ探していない場所はたくさんある。 僅かな希望を胸に、ユーリは城の中を歩き回った。 「・・・・・・行った?」 「行ったよ。どうやら気づかれなかったみたいだ。」 「じゃぁ、急いで準備しなくちゃっ」 「うん。」 ユーリが去った後、一つの部屋からひっそりと言葉を交わす二人が居た。 一人は嬉しそうに笑みを浮かべ、今にも部屋を飛び出しそうだ。 もう一人は相手の言葉に目を細めつつ、立ち去ったユーリの背を心配そうに見送っている。 「あんな格好で・・・いくら暖かくなってきたと言っても風邪を引いてしまう。」 嘆息したその人物は、渋面を浮かべたまま扉を引き開けた。 既に姿の見えなくなった人物を想い、小さく呟く。 「・・・おかえりなさい、ユーリ。」 * * * 捜索を開始してからどのくらいの時間が経っただろう。 「あーっもう!どうして一人もいないんだよ!!」 ぐしゃぐしゃと髪を掻き回し、手近にあった壁を殴りつける。 肩で荒い息を吐き出して、ユーリは壁伝いにずるずると腰を下ろした。 「くそぉ・・・っ」 ここまで探して誰も居ないなら、本当にもうこの城に人は居ないのかもしれない。 最悪な考えが過ぎり、そんな馬鹿なと思い直す。 あんなに強い人々が、あんなに優しい人々が居なくなるはずがない。 「そうだよ・・・グウェンもコンラッドもヴォルフもギュンターも、皆軍人なんだ・・・。おれの信頼する人たちが、ちょっとやそっとで死んだりするわけないだろ・・・?」 立てた方膝に額を乗せ、暫し呼吸を落ち着かせる。 歩き回っていたせいか異様な疲労感にユーリは悪態を付いた。 「くそ・・・、こんなんで息切らしてちゃダメだろ、渋谷有利・・・!」 腕に力を込め、壁を頼りに立ち上がる。 ――だが。 「あ・・・れ・・・?」 ふっと意識が遠退く。 目の前が暗転し、ユーリはそのまま意識を失った。 (何だろう・・・?) ふわふわと、浮遊感を伴いつつ暖かなものに包まれている。 気持ち良さに「んぅ・・・」と呻き、更に温もりのある方へ擦り寄った。 「少々度が過ぎたな・・・。まさか倒れられるとは。」 「様々なことがあって、落ち着いてからまだ日が浅いですからね・・・。私にも落ち度がありました。」 「いや、君は悪くない。俺も気が緩んでいたんだ。グレタには悪いけど、あれは今日ではなく明日か、もしくは数日延ばしてもらったほうがいいね。」 「そうですね。少々熱も高いですし、今日一日はぐっすりと睡眠を取らせてください。明日には熱も引いているでしょうから。」 「解った。」 声自体はよく知ってる人物のもの。 しかし、確認しようにも瞼は重く思考も霞んでいて、結局安らかな眠りへと引き込まれた。 (良かった・・・ちゃんと、いたんだ・・・) 眠りに落ちる寸前、その思いだけを思考の片隅に思い浮かべながら・・・。 * * * さらり、さらり。 髪を梳かれる感触に、ユーリはぎゅっと瞼を強く閉じてからゆっくりと持ち上げた。 「ぅ・・・?」 「あぁ、すみません。起こしてしまいましたか?」 「コン・・・ラッド・・・・・・?」 ぼんやりとした意識の中、覗き込んできた人物に焦点を合わせる。 コンラッドは片手をユーリの顔の横に置いて体を支えると、体を倒してきた。 「・・・・・・まだ高いですね。喉は渇きませんか?」 「・・・水・・・」 「待ってて。」 熱を測った額に口付けを落とし、ナイトテーブルに置かれた水差しからコップに水を注いで口に含む。 再びユーリの上に覆い被さり、そっと唇を重ね合わせて少しずつ温まった水を流し込んだ。 こくりこくりと、ユーリの喉が数回に分かれて水を飲み込み、唇を離すとほっと吐息をつく。 「解熱剤をギーゼラに処方して貰いました。簡単なスープを持ってきてありますから、それを食べた後に飲みましょうね。」 未だ虚ろな視線に視線を合わせ、そろりと頬を撫ぜる。 僅かばかり呼吸の荒い唇に指を這わせて触れ合わせるだけのキスを落とした。 「コンラ・・・・・・」 「何ですか?」 「みんな・・・いる?何も、ない・・・?」 「いるよ。大丈夫、何もないから。・・・・・・ごめんね、心配かけたね。」 「良かった・・・」 ほわりと笑みを浮かべるユーリに、コンラッドは知らず眉根を寄せる。 青白い表情に紅潮させた頬は明らかに熱のある証拠。 荒い息の中紡がれる言葉は、掠れて聞き取るのもやっとだ。 「もう一口水を飲んでから、スープを飲もうか?具が多めだから喉を潤すには適してないから。」 「・・・んーん・・・ごめ・・・食欲無いや・・・。」 「でも食べないと薬が飲めないよ?少しでも胃に入れないと・・・。」 その漆黒の瞳を瞼の裏に隠してしまったユーリを、コンラッドは見つめる。 祈るように見つめるその瞳にユーリは気づかない。 「寝てれば、治るんだろ・・・?だいじょーぶ、ちょこっと寝てればすぐ・・・。」 「そんな状態で何を言うんだ。思ったよりも熱が高い、解熱剤を使わないと明日治るものも治らなくなる。」 「でも・・・ホントにいらない・・・だって、安心したら胸がいっぱいで、食欲なくなっちゃったんだ・・・。」 口の端を緩く持ち上げたユーリは、満足そうに微笑んで。 手探りでコンラッドに手を伸ばすと、間近にある彼の頬に手を這わせる。 「何て顔、してんだよ・・・。ばかだなぁ・・・」 「ユーリ、」 「言ってるだろ?見なくても、解るって・・・。心配かけて、ごめんな・・・?」 コンラッドが言った同じ言葉を言い、その後ふ・・・っと力が抜ける。 落ちる間際に手を取り、その手の甲を額に押し付けた。 「本当に・・・あなたには敵わない・・・。」 呟きを落とし、その手をシーツの中に入れてやると己もユーリの隣に身を滑り込ませた。 熱を持つ体を懐に抱きこみ。 さらり、さらり。 「知ってた?今日が、あなたが眞魔国に来てちょうど一年だということを」 そのための企画を、城の人間が総出で考えていたことを。 漸く穏やかな呼吸を取り戻した唇を親指の腹で撫でて。 「グレタが頑張って準備したんだよ。ヴォルフも、グウェンもね。ダカスコスやメイド達だって、城の皆があなたの帰還を待ち望んでいた。」 つ、と頤を支えて僅かに上向かせる。 その唇に再度口付けを落とし。 「ちょっと度は過ぎたけど、許してやって?ただユーリをビックリさせたかっただけだったんだ。驚かせて、喜ばせたかったんだ。・・・だから」 ぎゅっと抱きすくめて、柔らかな髪に頬を埋める。 無意識にユーリの腕がコンラッドの体に絡まった。 「元気になったら、笑顔で言ってあげて。『ただいま』って。」 「・・・・・・・・・ん・・・」 まるで頷くような呻きに一瞬目を見開き、次いで柔らかく目を細める。 Thank you for an important day. 今日と言う日を、一緒に過ごせることを。 あなたと言う存在を齎せてくれたことを。 ありがとうの言葉と共に・・・。 |
我がサイトも4月16日を持って1周年を迎えることが出来ました。 ここまで続けてこれたのも、単にこのような辺境の地までお越しくださる皆様のお陰です(>_<*) 本当にありがとうございます!! これからも不束者ですが、どうぞよろしくお願いします(ぺこり)。 06.4.16>>>アヤ |
[おまけ] 2日後、漸く熱も下がり体調を戻したユーリは、コンラッドからことの詳細を聞かされ思わず脱力した。 「・・・んだよ・・・そうだったのかっ?!」 「えぇ。」 「あーもぅ、ビックリしたー。それなら別にいいんだけどさぁ。本気で何かあったんじゃないかって思ったよ。」 ロードワークを終え、湯殿にて。 コンラッドに髪を洗われつつ、ユーリは心底胸を撫で下ろした。 あのような閑散とした血盟城は、正直もう二度とゴメンだと思う。 「すみません。どうせならビックリさせることをしたいとグレタが言いまして、それで急遽城総出でとなったんです。所何処に兵は隠れていたんですが、解りませんでしたか?」 「さっぱり。」 「うーん、気配を読む勉強も入れた方がいいかな・・・。」 「悪かったな、鈍感でっ」 ぷぅっと頬を膨らませるユーリにくすくすと笑い声を零す。 汲んだ湯で泡を洗い落とし、用意してあるタオルで水気を拭き取るとコンラッドはその濡れた髪に指を通した。 「湯殿から上がったらすぐにパーティーに出席ですからね。グレタが今も意気揚々と準備に励んでるはずですから。」 「りょーかい。すっげー楽しみにしてるよ。」 「えぇ、そうしていてください。」 互いに微笑み合い、ちょん、と触れ合わせるだけのキスをして。 用意された服に袖を通し、ユーリは部屋を後にした。 『ORIGIN』からフリーとの事で強奪してきました。 アヤ様はとても素敵な小説を書いてらっしゃるので尊敬してしまいます。 一周年という事でこんなところからですが、お祝いさせていただきます。 サイト名を押すとアヤ様のサイトに飛ぶことができます。 by Aya Kisaragi |