くつろぎタイム
「コンラッドの髪って意外と柔らかいよな」
「そうですか?」
「うん・・・って言っても他のひとの髪に触ったこと無いから、わかんないけど」
おれのと比べて柔らかいなって。
「ユーリのは、さらさらしてますよね」
「そう?」
「えぇ」
「さらさらーって言われると、なんか・・・優男って感じがするなぁ」
「嫌ですか?」
「んー・・・いやっていうか」
どうも野球小僧の自分とはかけ離れたイメージがある。
「俺はユーリの髪、好きですよ」
指どおりが良くて、いつまで触っていても飽きないから。
「褒められたんだと、思っておくよ・・・はい、流すから目、つぶって」
耳に湯が入らぬよう片手で耳をカバーしながら慎重に流していく。
泡が流れて、いつもより色を増した茶色の髪が現れる。
目の上に被さった髪をかきあげる。
髪を上げ額を出すと、いつもと違う雰囲気のコンラッドに、なんだか照れくさくなる。
「ユーリ?」
「ん、いや・・・なんでもない」
誤魔化すように笑って、背中などに残っている泡も流す。
広くて、無駄な肉の無い綺麗な背中。
この背中が、いつも自分を護ってくれるのだ。
「はい、いいよ」
「ありがとうございます」
立ち上がらせ、一緒に湯船に浸かる。
あひるが、ぷかぷか浮いている。
手を湯の中で動かすとゆらゆらしながら近づいてくる。
ふーっと息を吹きかけると、ちょっとよろめいて方向を変えた。
つん、と可愛らしくとがったしっぽを指先で押した。
ふわーっ、と、はなれていく。
揺れるおしりがチャーミングだ。
小さく笑った。
「楽しいですか?」
「うん、楽しい」
背後のコンラッドに寄りかかる。
背中に、コンラッドの体温を感じる。
近づくと、シャンプーの香りが鼻をくすぐった。
おれと、同じ香り。
なんだか、嬉しくてくすっ、と笑ってしまう。
「ユーリ」
「ん?」
「いいんですか、こんな事で」
耳朶をいじり、首筋に触れる。
「いいの、おれがしたかったことなんだから」
湯を掬い、零す。
腕を伝い、肘から滴り落ちる。
「でも、なんだか・・・俺ばかりいい思いをしてるような気が」
「そんな事、ないよ」
すごく、楽しい。
ユーリは、手で水鉄砲をつくり、あひるに狙いを定めて、ぴゅと湯を放った。
湯が命中したあひるは、ゆらりと大きくバランスを崩したあと、再び水面を進んだ。
今日はホワイトデー。
コンラッドは、ゆらゆら泳ぐ黄色いあひるを眺めながら、1ヶ月前の事を思い出していた。
地球の暦でいうバレンタイン当日、ユーリお手製のチョコレートケーキを一緒に食べた。
眞魔国では、ふたりしか知らない行事なので、邪魔されないように夜中にこっそり楽しんだ。
地球で味見させてもらった時よりもしっとり感が増して、一層美味しくなっていた。
ホワイトデーは何をお返ししようかなどと、早くも考えていると、
まるで、俺の考えを読んだかのように
「ホワイトデーのお返しはいらない」
と、魔王ポーズをびしっ!と決めて宣言されてしまった。
目を瞬かせる。
「・・・何故ですか?」
「だって、おれ、あんたからもらってばかりだし」
クリスマスなんか、せっかくあんたのために「なにがほしい?」って聞いたら
「芝」とか言って、おれのためみたいなの強請るし。
「芝は本当に欲しかったんですよ」
笑って答える。
だって、本当に欲しかったのだ。
ボールパークに青々と茂る・・・海原のような芝。
芝を見て、目を輝かせてよろこぶあなたの笑顔が欲しかったのだから。
それを見ることができた、俺としては大満足だった。
でもユーリは納得してくれない。
「こんなに美味しいチョコレートケーキを頂いてしまったのですから・・・」
お返ししないと、気がすみません。
ユーリは腕を組み、しばらく唸っていた。
そして、提案してきた。
「じゃぁさ、ひとつだけ、おれのしたいことをさせて」
何をしたいのか、尋ねたけれど、その日は結局教えてもらえなくて・・・。
そしてホワイトデーの朝になって言われた「ユーリのしたいこと」
その願いに、コンラッドは、一瞬目が点になった。
コンラッドは思い出して笑った。
身体が揺れると小さく波が立ちその波を受けて、あひるが動き、再びくちばしをこちらに向けた。
「まさか、俺の髪を洗いたい、なんてね」
せっかくのホワイトデーなのに。
一応、自分なりに予想を立ててはいたのだ。
城下にお忍びで出かけるとか、隠れ家に行くとか、温泉に行くとか。
なんと言われても、すぐに出かけることができるように。
けれど、予想はどれも、ことごとく外れて・・・。
本当、ユーリはこちらの予想も付かないことをしてくれる。
まるで、びっくり箱のようだ。
だから、目を離せない。
――側から離れられない。
「いいじゃん、おれのしたかったことなんだからさ」
ぷく、とむくれた頬を突く。
「えぇ、いいですよ・・・ユーリのお願いですからね」
できる限り叶えてあげたい。
すいーと、近づいてきたあひるをユーリの手が掴んだ。
そして、あひるの顔についた水滴を指先で拭い、
唇をよせて、あひるのくちばしにキスをした。
あひるにキスしているユーリを、背後から腕をまわして抱きしめる。
空いた片手をあひるの顔に乗せ、そっとユーリの手から奪い去る。
「コンラッド?」
振り向いたユーリにキスを・・・。
軽く啄ばんで離れる。
「ちゃんと、あひるの目は隠しましたよ」
恥ずかしくないでしょう?
にこ、と笑いかけると「
かぁぁ、と首まで赤く染まった。
そして、向き直ると抱きついてきた。
湯が大きく揺れて、跳ねた。
あひるを手放してユーリを両手で抱きとめる。
どちらからともなく、唇を合わせた。
「湯からあがったら、甘いデザートを食べましょう」
ユーリを驚かせたくて、こっそり作っておいた。
今頃、冷えて食べごろになっているだろう。
「コンラッドの手作り?」
「もちろん」
「そっか、楽しみだな」
もう一度、甘いキスを交わしながら、
コンラッドは、そっとあひるを押した。
黄色いあひるは、しっぽを向けてぷかぷか漂い、白い湯気の向こうに消えた。
最後までお読みいただきましてありがとうございます。
これでも一応ホワイトデーのつもりです。
どこが?と思われるかもしれませんが、走書きで述べたように
ぽやー・・・もしくは、のほほんとしたお話です。
期待外れでごめんなさいです・・・。

『闇色天蓋花』からフリーとの事で強奪してきました。
まあさ様はとても素敵な小説を書いてらっしゃるので尊敬してしまいます。
今回もこんなに「ほんわか」した小説で…。
なんだかこちらまで幸せになってしまいます。
サイト名を押すとまあさ様のサイトに飛ぶことができます。
by Aya Kisaragi