嫉妬と我侭のロリポップ

とうとうこの日が来た。来てしまったのだ。
俺の人生で一・二位を争う最高の日。
そして緊張の日でもある。
「用意できましたか?」
ドア越しに聞こえる彼の声。俺の最愛の人。
「えっ!?ちょっと待って!」
彼から貰ったペンダントをずっと手の中で転がし、眺めていた俺は焦った。
全く用意ができていない。
彼と別れた姿のままだ。
「ダメですよ隊長ー。新婦の姿は後でのお楽しみ。
新郎は挨拶回りでもしてて下さいな。さー行った、行った。」
部屋の中で慌てふためく俺を知ってか知らずか、お庭番こと俺らのよき理解者のグリエ・ヨザックが最愛の人、コンラッドをとめる。
助かったとあからさまに肩を撫で降ろした。
「挨拶回りなんて今更だろう。
知っている者ばかり。知らぬ者はどうせ媚でも売りに来たに決まっている。
念願のユーリとの結婚式なんだ。心から祝福してくれる者だけに来て欲しい。」
少し不機嫌気味に言うとドアに凭れかかる音がした。
思わず零れたであろう本音に胸を踊らさせ、オレはドアに駆け寄る。
音を立てないように慎重にドアに耳を当てて一言も漏らさないように聞き入った。
「そーだろうな。てか、我侭プーな弟は大丈夫なのかよ?」
ケロっとしながら話を振るヨザックを忌々しげに睨み付けているのだろうコンラッドを想像して忍び笑った。
コンラッドがドアを撫でる音だけが部屋に響く。
「散々嫌味を浴びせられたよ。結婚を報告した時なんかは、顔を真っ赤にし髪を振り乱して怒ったしな。
あの時よりはマシだったが、かなりのモノだったぞ。グウェンダルが止めてくれなかったらどうなっていた事やら。」
苦笑をしつつ語るコンラッド。
でも、その声は笑っていた。きっとあの時の光景を思い出しているのだろう。
あの時は確かに酷かった。あんなに怒ったヴォルフラムを見た事がなかった俺は顔に出てしまうくらい戸惑ったものだ。
言葉の弾丸を目で確認するかのように忙しなく彷徨わせ、隣にいるコンラッドに縋るようにきつく手を繋いだ。
不謹慎ながらあの時の堂々としたコンラッドに俺は更に惚れた。
一句ごとを噛み締めながら歌のように紡ぐコンラッドに。
「さすがはヴォルフラム。で、その我侭プーとは結局どうなったんだ?決別か?」
まるで酒の肴でもあるかのように話の結末を催促するヨザックに呆れた。
たぶん彼なりに労わっているのだろう。冗談ぽく話す事によって雰囲気を少しでも軽くしようと。
そうと解かっていても重大すぎる内容をそのような言い草にするヨザックに呆れてしまった。
「いや、和解した。オレがユーリを愛し、守り続けるとう誓いを立ててな。」
「はいはい、そーゆー砂吐いちゃう系はこの後の結婚式で新婦に言ってあげてください。」
ドアを軽く叩いて付き合っていられないと言わんばかりの雰囲気でヨザックが去って行った。
コンラッドの微かな温もりでもとドアに頬を摺り寄せる。
「ユーリ。」
衣擦れの音がするなと漠然と思っていた矢先に耳元へダイレクトにコンラッドの声が流れ込んできた。
体勢を変えてドアに向かって話しかけているのだろう。
たまたま口が俺の耳の直ぐ横だった。たぶんそれだけのはずだ。
いくらなんでも俺がどこに居るかとかはわからないだろう。何せ、この高級なドアは分厚いから。
「何…?」
上ずる声をどうにか抑えながら返事をする。
このドアの少し先にコンラッドがいる。
そう思うだけで体中に熱が走った。思わず溜息が零れる。
「早くユーリの姿が見たいですね。きっと漆黒のドレスが良く似合うんでしょうね。」
そっと視線を吊るされているドレスへとやった。
光を受けて艶っぽく輝くそれはこの後、俺がきる予定のものだ。
俺の拒絶もお構いないしに決定となった漆黒のドレス。
ドレスってだけでもオイオイって感じなのに、さらに漆黒とまできたら黙っていられるわけがない。
結婚式に着るドレスはやっぱり純白だろう!
そんなに露出度が高くないというのが唯一の救いな気がする。
それでもスカートなのだから落ち着くわけがない。
イヤだと思っているのに、好きな人との結婚式のための衣装となると着てもイイかもと思ってしまう。
きっと自分は骨の髄まで侵食されているのだ。コンラッドというインベーダーに。
「コンラッドの正装も見たいな。」
俺が漆黒のドレスなら、コンラッドは正装なのだ。あの、白の。
滅多なことがない限り見られないあの格好は密かに俺のお気に入りだ。
「この格好が?お望みとあらばいつでも着ますよ。もちろん貴方のためだけに。」
俺にいつも囁くように言うコンラッドに思わずドキリとしてしまった。
壁越にでも熱が伝わってしまう気がして、そっと手を離した。
もちろん音など一切立てずに。
「ユーリ、手を離さないで。」
そんな俺の行動を予測していたのかあと少しで指先が離れるというときに制止された。
思わずその言葉に従ってピタリと掌をドアに付ける。
もしかしたらこのドアはマジックミラーみたいになっているのかもしれない。
アニシナさんの発明品だと言われたらそうかも知れないと頷いてしまう。
そうとしか思えないほどのタイミングだった。
「なんで解かって…。」
本当にアニシナさんの発明品ではないかどうか調べてしまう。
またも俺の行動に気付いたのかクスクスと忍び笑いが聞こえてきた。
しまったと思ったときには既に遅く、コンラッドが笑う振動がドア越しに伝わってくる。
「笑うなよ!」
かっと頬に朱が走る。
威嚇としてドアを軽く叩いた。
「すみません、ユーリが可愛いからついね。
何で解かるかって簡単なことですよ。ユーリの事だから。
オレはユーリの事なら大体はわかりますよ。いつだってユーリの事を考えているから。」
先程とは違う恥ずかしさから更に頬が朱色に染まった。
なんて事をサラリと言うんだアンタは!
手を離すな言われた事を忠実に守っているので取りあえず頬を擦る代わりに俯いた。
流石にドアに擦り付けるわけにはいかない。
「ユーリ、ココを開けて。」
ドアを軽く叩いて更に強調する。
本当ならば開けてはいけないらしいが今の俺がコンラッドを断れるわけがなかった。
俺だってコンラッドの顔が見たかったのだ。
囚われの身ではないのだから。コンラッドに会って抱き締めてもらいたい。
カギを外してゆっくりとドアを開けた。
「ユーリ。」
完全に開き終わると体を滑らせてコンラッドが入ってきた。
そして神業の手つきでドアを片手で閉める。
もちろんカギもおまけとして。
「えっと…。」
これから結婚式というだけでさえ心拍数上昇中な俺は正装のコンラッドに完全にやられてしまった。
脳が端からぐずぐずと溶けていく。
しがみ付きたいのを我慢して手をきつく握る。
浅く呼吸を繰り返すが一向に鼓動は収まらない。
「まだ着てなかったんですね。」
「着付けてくる人がまだ来てなくてさ。」
ほっておくとにやけてしまう口元をなんとか両手で伸ばしながら答える。
忍び笑いが聞こえてくるがこの際無視をすることにした。
相手にしていたら俺の心臓が破裂してしまう。
「なら、オレが着せてあげますよ。さぁ、ユーリ。服を脱いで。」
脱いでと言いながら俺の服を脱がしにかかるコンラッド。
素晴らしい手つきで俺の上半身はすぐに外気に晒された。
ひやっとした空気に身を震わせ、コンラッドを覗き込んだ。
「いつ見ても綺麗な肌ですね…。」
頬撫でながらぼやいたコンラッドの手は線路を辿るように滑らかに落ちてきた。
首筋に感じるくすぐったさに思わず身を捩ると、体を押さえつけられて鎖骨やわき腹などを堪能される。
「ちょっ…コンラッドっ!」
このままでは結婚式どころではなくなってしまうとう事に、まだ溶けていない頭が気付いた。
慌てて離れようとするが離れない。強力な磁石のようにくっついて離れないのだ。
手を突っぱねてみるが全く効果がなかった。
ますます焦る俺は彼の服が皺になってしまう事にも気付かず肩を押した。
「ユーリ。」
大好きな声で囁かれてしまった俺は全ての機関が停止してしまう。
馬鹿だとは思うが、指さえも動かせないのだ。
盛大な溜息を一つ吐いて、目の前の腹黒い恋人の名前を呟いた。
「コンラッド。」
「何ですか?」
突然今までとは全く違うトーンの声にビックリして目を開けた。
目の前にはさっきまで横に立っていたはずのコンラッドが覗き込んでいる。
いや、俺が寝ていたのだ。しかもベッドの上に。
状況が読めず目をぱちくりさせる。
「ユーリ?」
全く反応しない俺を心配して頬を撫でる。ひんやりとしたその感触に目を細めながら必死に頭を動かした。
そして、一つの答えにたどり着いた。
「もしかして俺寝てた?」
寝起きとしか考えられない重い体を起こしてコンラッドを見る。
俺の素っ頓狂な質問にコンラッドが不思議な顔をして見てきた。
少し間があった後、笑いを堪えてコンラッドが答える。
「えぇ、それは気持ち良さそうに寝ていましたよ。
満面の笑みを浮かべて。ときたまモソモソと落ち着かない動きをしていましたが。
ユーリがオレの名前を呼んだので返事をしたら起こしてしまったみたいですが。
でも、珍しいですね。ユーリが寝言なんて。」
遅れたおはようのキスを受ける。
だんだんと頭が覚醒するに連れて頬も赤くなっていく。
コンラッドの口ぶりから考えるに、俺の寝顔をずっと見ていたに違いない。
変なことを口走っていなければイイんだけど…。
「オレの夢をみていたんですか?」
「まぁ…。」
語尾を誤魔化しながら答える俺をそっと抱き寄せる。
その強引ながらも気遣った行動に胸が高鳴った。
こういう事をさりげなくこなすものだから始末に終えない。
「嫉妬しちゃいますね、その夢の中のオレに。」
頬や耳にキスをしながら呟くコンラッドの声は妙に熱っぽかった。
「自分に?」
わけが解からないとコンラッドを見る。
自分が自分に嫉妬なんて聞いたことがない。
「えぇ。ユーリにはいつでもオレだけを見ていて欲しいんです。
それが例えオレであっても本物ではないでしょう。ユーリの中にいるオレに過ぎないんです。
だから、夢の中のオレに嫉妬しました。」
少し強めに抱かれた俺は子供のようなコンラッドの意見に笑った。
意見がおかしかったからではなく、自分にも当てはまるという点で。
そしてそんな所にも共通点があるという事に気付いて嬉しくなった。
全く俺も現金なヤツだな。
「大丈夫。夢の中のコンラッドには夢の俺がいるから。
俺の目の前にいるアンタには俺がいるからイイだろう?」
身長差で必然的に見上げながら笑いかけてやる。
コンラッドが好きだと言ってくれた笑顔で。
「十分過ぎます。おつりが来ちゃいますよ。」
「じゃぁ、おつりは取っておいてよ。」
俺もアンタの夢の中の自分に嫉妬しているんだからさ。
おつりだけとは言わず、全てをあげるから俺だけを愛してよ。
それくらいの我侭、許してくれてもイイんじゃない?





1万HITありがとうございました!
色々考えた結果、普通に小説にしてみました。
しかもベタな夢オチ(笑)
選択式とか考えたんですけど、何しろ時間が;;
別の機会にやってみたいと思います。
フリー小説のでご自由にお持ち帰り下さい。
連絡してくだされば喜んで遊びに行きます!
掲載する際はサイト名と私の名前を記載していただく事が条件となっております。
堅苦しいかもしれませんがよろしくお願いいたします。

                     by aya kisaragi