ありがとう

夏だ!夏休みだ!
なんて浮かれてたら、帰り道にお呼び出しがかかってしまった。
毎回のごとくスタツアして着いた先は…海でした。
ざざーという心地の良い音は聞き間違えることなく海。
潮風から考えても海。
「あぁ、ユーリ。」
砂浜にで呆然としている俺に後ろから声がかかった。
聞きなれた心地良いこの声は。
「コンラッド。」
にやけてしまう顔をどうにか抑え込んで振り返る。
そこにはやっぱり俺が望んでた人が。
しかし何故か水着。それもライフセーバーっぽい。
まぁ、似合っているからイイんだけど。ビキニよりはイイんだけど。
「久しぶり。で、ここどこ?」
「ユーリのビーチですよ。」
そうだった。一応こんなのでも王様なのだ。
で、プライベートビーチなんかもあったんだ。すっかり忘れてたけど。
俺専用とか、ホントもったいない。
ここを開放してあげられたら子供達は夏の海を堪能できるだろうに。
子供時代の思い出は大切なんだから…。
「ユーリ、ココを解放することはできませんよ。」
俺の思考を読んでたのか適格なツッコミを入れてくるコンラッド。
バッテリー並みのコンビネーションかも俺ら。
なんて思っているから頬がどんどん緩んでしまう。
「だよな…。」
しょんぼりしている俺の体にバスタオルをかけて手を引く。行き先はどうやら家のようだ。
「それに数少ない逢引場所を捕られたら、いくらオレでもストライキをしますよ。」
茶化すように言うコンラッド。
逢引場所ってアンタ…!
こんな大自然をそんな事に使っちゃダメだろ!
「だから諦めて、さっさとシャワーを浴びてください。」
護衛や恋人っていうよりはなんだか世話係と手が掛かる主みたいだ。
少しでも早くコンラッドの隣に…対等の立場になりたい。
主従とかじゃなくて人間性として。
「それに…今日は特別な日なんですから。」
「え?今、なんか言った?」
ぼーっとしているうちに何か言われた気がするけど、結局コンラッドは教えてくれなかった。
隠れ家にしては豪華すぎる家に着くと風呂場へ押し込まれた。
言いつけ通り、さっさとシャワーを浴びてコンラッドの用意してくれた服を着る。
いつもの学ランもどきとは違ってラフな格好のもの。
逢引用と言っていただけあって、俺たち以外だれもいないようだ。
「コンラッドー出たよー。」
リビングらしきところで本を読んでいたコンラッドを見つけて駆け寄った。
なんでもない動作すら格好が決まるのは反則だ。
男の俺ですらときめくんだ。お年頃のお嬢さん方にとったら有害物質だろ。
「ユーリったら…髪が濡れてますよ。」
無駄のない動作で俺の肩にかかってたタオルを取り、まだ水が滴る髪を丁寧に拭く。
まるで割れ物でも扱うかのように丁寧に。
「んっ…コンラッド…。」
くすぐったさに身を捩るとガッチリと抱き込まれてしまった。
耳元に感じる吐息。…吐息?
気付けばコンラッドは髪を拭き終えて、俺の髪一房ごと手に取り口付けをしていた。
ダンスパーティーとかで女性の手をとってするみたいに。
「ななっ!?」
思わぬ出来事にパニックに陥ってしまう。
バタバタと暴れてコンラッドの束縛から逃れたのは良いが…コンラッドの機嫌は悪くなっていた。
ヤバイ。ヤバすぎる。
とにかくどこかに隠れなくては!
そう思うと天が俺に味方したのか、俺の真後ろにクローゼットがあった。
抵抗もしないで捕まるよりはマシだと思い飛び込んでドアを閉めた。
簡単に開けられないようにドアに荷物を置く。これで開くまでには時間が掛かるだろう。
「丁度良い。ココで大人しく待っててください。」
言い終わるとガチャリと音がした。
音が気になりながらもコンラッドが部屋から出て行くまで息を潜める。…今更だが。
足音が遠ざかりドアが閉まる音がした。
「さーて…。」
ドアを開けるべくバリケードとした荷物をどかしてドアに手をかけた、が。
「あれ…?」
いくら力を入れて動かしても開かない。ドアが開かないのだ。
そして思い出す。少し前の奇妙な「ガチャリ」という音。
もしかして…もしかしなくても…。
「閉じ込められた?」
コンラッドにカギを閉められるなんて考えてもみなかった。
嘘だろ…。


絶望を味わうというのはこの事だろうか?
いくら名前を呼んでも、ドアに体当たりをしてもカギが開く事はなかった。
だんだん自分が惨めに思えてきて、そうしているうちに時間感覚さえも麻痺してしまった。
このまま意識も麻痺してしまえればどんなに楽だろうか。
ガチャリと遠くで音がした。
「ユーリ。」
待ち待ったコンラッドの声がすると同時に眩しさに目を細めた。
どうやらドアが開いたようだ。
開いたら殴ってやろうとか、あんな事言ってやろうとか思っていたのに、いざ開くと何も出来なかった。
そして伸ばされた手に縋ってしまったのだ。
情けない事に涙をながしながら。
「コンラッド…。」
良い匂いがする体に包まれると余計に涙が止まらなくなってしまう。
コンラッドの胸を涙で濡らしながらしがみつく。
「すみません…。」
謝るくらいならするなよとか思いながらも謝罪の口付けを素直に受けてしまった。
ホント、コンラッドには甘いな俺。
「見捨てられたのかと思った…。」
鼻を啜りながら顔を埋める。
鼻水がついても文句は聞かないぞ。こんなにしたコンラッドが悪いんだ。
「どうしても逃げられるわけにはいかなかったんです。」
落ち着かせるように頭を撫でていた手が俺の頬を撫でる。
心地良さに思わず擦り寄ってしまった。これじゃネコや犬と変わらない。
服の裾でゴシゴシと涙を拭いて見上げる。
「どうしてもユーリに伝えたかったんです。」
いきなり何だ?人を閉じ込めておいて逃げられたくなかった。伝えたい事があったって。
きょとんとしている俺を知ってか知らずかコンラッドは家に来た時いみたいに手を引いていく。
今度の行き先は…バルコニー。
「うわぁ…!」
思わずその雄大さに今までの事を忘れて簡単の声を上げてしまった。
目の前にはどこまでも続くコバルトブルーの海とそれを美しく照らす満月、そして数え切れないほどの星々。
何よりも背中から伝わってくる愛しい人の体温。
静寂の中、耳に届くのは海の音と風と二人の呼吸。
どこか遠くで鐘の音が鳴っていた。
「誕生日おめでとう、ユーリ。」
自然に見とれていた俺に突然の祝いの言葉。
驚いて思わず振り返ると口をコンラッドのソレで塞がれてしまった。
漏れる自分の息がよく聞こえて頬を熱くしてしまう。
「産まれてきてくれてありがとう。」
今度は恭しく掌にキスをされた。
恥ずかしくってまともに言葉を喋られない。
そして、初めて俺は思ったんだ。
お袋、俺を生んでくれてありがとう。
祝福してくれるのか壮大な星がいくつか空から零れていった。





誕生日すぎちゃいました!やっちゃいましたよ、申し訳ありません;;
しかも漫画の巻末小説の影響受けすぎました。
あれは曙のダウン並みの衝撃でしたよ。ホント。
もう、合言葉は馬鹿なユーリと意地悪コンラッド!ですよ。
毎回の事ながらユーリはコンラッドに甘い。甘すぎる。
ストロベリーパフェにチョコレートソースかけた並みに甘すぎる。
次回はさっぱりに仕上げます!(脱兎) 今更ですがフリー配布です。

                     by aya kisaragi