番外編:愛情の試し方

「確認していいですか。オレ、何もしてませんよね?」
思わず隣にいる人に尋ねてしまった。
我ながら間抜けな質問だ。
すっと目を逸らされる。
「何か間違いが起こるような、やましい事でもあるのか?」
ボソリと呟き顔を背ける。
憮然とした態度で返してくるので、流石に苦笑を漏らしてしまった。
その顔の奥に苦虫を噛みつぶしたような顔を隠しながら。
今、オレの隣には裸体を惜しみなく晒す黒猫が一匹。
正確にはキワドイところだけタオルで隠すネコ耳ネコ尻尾が生えた人。
ネコ耳ネコ尻尾は慣れた事なので気にしない。
裸体を惜しみなく晒すのも、目の前にはオレしかいないのだから問題ない。
重要なのは、毛の長さ。
確実にいつもより長い。耳と尻尾も毛足が長い。
と、いうことはだな。
「今回はどうしたんですか陛下?」
オレの恋人…今は訳有ってネコ耳ネコ尻尾がオプションされているのだが、その人が嫌う呼び方で呼ぶ。
なぜなら、その相手が姿はオレの恋人であっても心が違うから。
躊躇ったように伏目になりながらボソリと呟く上様。
「さぁ。余も解からぬのだ。目が覚めたら隣にウェラー卿がいた。
余は元々服など身に着けていなかった。なので、とりあえず横に居たウェラー卿を起こした。それまでだ。」
端的な説明をすると顔を逸らした後、じっとこちらの行動を伺ってくる。
こういう行動は同じなのに、その獣の目には鋭さが見え隠れする。
ユーリにはない鋭さ。
彼が別人だということを嫌でも思い知らされる。
「とりあえず、服を着てください。」
オレの部屋にストックとして置いてあるものを適当に見繕って渡す。
こちらを全く気にもせず、体に掛かっていたシーツをどけて着替えだした。
ここも違う。
彼ならこんなに大っぴらに着替えもしないし、まずオレに反対側を向くように指示をする。
窓に映る姿を見ているという事はまだ内緒だ。
「……匂いがするな。」
アンタの匂いも変わらないだろうという突っ込みを心の中だけでしておいた。
口にしたら何をされるか溜まったものじゃない。
ユーリが光を沢山浴びて輝くように大輪を咲かせる花ならば、彼は高山に孤高と咲く華だろう。
触れれば傷つくがその代償に甘い蜜が手に入る。
ただ、その蜜を手に入れるまでにはかなり骨が折れるが。
さしずめオレはまだ、蜜を手に入れる過程だろう。
「さて、どうしますか…。」
着替えが終わった上様を見ながらこれからの事を考える。
できればここから出したくはない。出せば色々と問題が起こるだろう。
しかし、上様が納得してくれるか…。
「ウェラー卿。余はここから出たくないのだが。」
突然の申し出に戸惑いながらもどうにか笑顔で対処する。
「なら、ここに居てください。朝食を持ってきます。」
いつもの癖で頭をポンと叩くと一瞬だけ、いつものユーリの顔が覗いて見えた。
ビックリして見つめていると怪訝そうな顔をされたので慌てて部屋を出て行く。
朝食を持って帰ると、上様はベッドの上で寛いでいた。
「お帰り、コンラッド。」
オレの姿を確認すると嬉しそうに微笑んだ。
微笑んだのだ。あの、上様が。まるでユーリのように。
「ユーリ…?」
落としそうになった朝食をサイドテーブルに置いて傍に寄る。
容姿を確認するが、どう見ても上様の特徴を得ている。
なのにユーリのような行動をする。
「余の顔に何か付いているか?」
「いえ…。」
なのに口調は上様。さっきの一瞬だけ、いつものユーリに戻った。
もしかしや今回の変身は不安定なために起きたのだろうか。
オレに対して不安を抱いたりするとユーリは上様になる癖がある。
そしてその度にオレは上様のお叱りを受けて、ユーリの心を知る。
情けない話だが、未だユーリはオレの事を完全に信じてはいないのだ。
「陛下。本当に今回は何もないのですか?ユーリに何かあったのではないんですか?」
思ったことを質問するが返ってくるのは否定とはぐらかす言葉だけ。
すぅっと視線を外される。
いつもの上様とはやはりどこか違う。
どことはハッキリ言えないが。だが、違うのだ。
「陛下。」
上様を抱き込んで膝の上に座らせる。
後ろから優しく抱き込んで囁く。愛を吹き込むように。
「離せウェラー卿。」
顔を背けて抵抗をする。
抵抗らしい抵抗をしないその両手足を更にしっかりと抱き込む事で押さえつけた。
いつもなら魔力で吹き飛ばされているだろう。
『いつも』と言っても、初めての時以来していないが。
それに、ユーリと同じように接すると、「余はユーリではない」と跳ね除けられてしまう。
非常に扱い肉に人なのだ。
しかし、今日は勝手が違った。
「ユーリ。」
ピクリと震えるネコ耳。低く鳴る喉。
優しく体のラインをなぞる。凛とした耳がだんだんと垂れてゆく。
深い眠りに堕ちていくかのように、ゆっくりと重く。
長く伸びた髪にキスをすると肩が揺れた。
「いつまでする気ですか?」
クスクスと耳元で笑うとビックリした顔で振り返った。
そのまま肩を引いて前から抱き締める。
嘘を吐く時に顔を背ける癖、まだ直っていないんだとオレだけが知るユーリの癖を思い笑う。
鳩が豆鉄砲を食らった顔をしている隙にそっとキスをした。
触れるだけのキスをすると体を硬くする。
何度しても慣れないうぶな反応が可愛らしくて仕方がない。
パクパクと言葉を発せられない唇にもう一度先程よりも攻撃的なキスを仕掛ける。
「んっ…。」
鼻から漏れるくぐもった声に煽られる。
そんなに可愛い振る舞いばっかりさえたら抑えられませんよ。
甘えているのか、無意識からなのか首に腕が回される。
たぶん後者だろう。
「何でこんなことしたんです?理由を教えてください。」
毛足が長い耳を食みながら囁くと欲情に濡れた目で見上げてくる。
「コンラッド…。」
「オレに教えてください、ユーリ。」
色づいた頬を撫でながら答えへと導く。もう、ユーリができるのはオレに導かれるだけ。
そうしたのは他でもなくオレで。
ちょっぴりサドだなと自嘲した。
ユーリの事となると全く自制が効かないのだ。とくに二人っきりになると箍が外れてしまう。
思いを巡らせているうちに、焦がれたのか耳をオレの胸に擦り寄せながら喉を鳴らす。
「気になったから…。」
「何が?」
言わせるのかとひと睨みしてくるが、見なかった事として流す。
少し様子を伺うように見上げていたが、諦めたように顔を肩口に埋めてきた。
毛足の長い耳を撫でると、くふんと息が漏れるのが聞こえてくる。
少しの沈黙の後、不機嫌気味に尻尾を振りながらユーリが話す。
「コンラッドが…上様モードのオレにどう接するのかなって思って…。」
耳の付け根を撫でてやると嬉しそうに喉を鳴らす。
擦り寄ろうとして、自分が今、どういう状況なのか気付きぐっと抑える。
その行動が可愛らしくて思わず笑みを零してしまう。
「で、どうでした?」
「俺のときより丁寧だった…。」
悲壮感漂う声で告げるユーリに思わずときめいたオレはやはりサドの気質があるのだろうか。
目尻いっぱいに涙を溜めて見上げる姿は押し倒したい衝動を駆り立てられる。
どうにか抑え込みながら髪を梳く。
「当たり前ですよ。」
一瞬、凄く傷ついた顔をするユーリ。
目尻に溜めていた涙が堰を切らせたように頬を伝う。
「ごめっ…。」
服の裾でごしごしと顔を擦るが、涙は止まることもなく、どんどんと溢れてシーツに染みをつくる。
押し殺していた声は次第に漏れ、部屋に響く。
何度も何度も謝りながら、それでも嗚咽を漏らす姿を見ていて、つい抱き締めてしまった。
どうして抱き締められたのか解からないのか、体を硬くして必死に声を抑えるユーリ。
「安心してください。」
できるだけ優しい声で背中を撫でてあやす。
始めは抵抗をしていたものの、オレがまったくやめる気配がないのに気付いたのか、今では大人しくなでられている。
しゃくりに合わせように跳ねる尻尾。気分と同調して垂れる耳。
その全てが愛しい。
頃合いを見計らってユーリを膝から降ろし、ベッドを離れてタオルを水で濡らす。
アイスパウダーがあると良いのだが、残念ながら眞魔国にはないので細かく砕いた氷を代用する。
良く馴染ませたところでユーリの元へと戻る。
不安に揺らいだ瞳が一心に注がれた。
その視線がたまらなく心地良い。ユーリがオレだけを想い、見ている。
幸せを噛み締めながら顔には出さないように引き締める。
少しでも気を抜くと頬が緩みそうだった。
「コンラッド…。」
小さな手を精一杯伸ばしてオレにせがむ。
その手に軽くキスをし、目にタオルを当てた。少しでも楽なようにと。
冷たさに体を強張らせるが、それがなんなのか理解して力を抜く。
オレが居ない間抱き締めていたのか、その膝の上にはグウェンお手製の黒猫のアミグルミがあった。
付いている目が涙で滲んだユーリの瞳を連想させた。
「オレはユーリだけですよ。それだけは信じてください。
上様に丁寧にするのは、ユーリに会うためですよ。あの人を怒らせたらユーリに会えませんからね。」
弾かれたように頭を上げてオレを見る。腫れぼったい瞼が可愛らしさを強調する。
と、思ってしまうオレは骨の髄までユーリに侵されているのだろう。
「コンラッド…。」
機嫌よさ気に喉を鳴らして擦りよる。ついでに尻尾を腕に回してくるのは、そうとうご機嫌の印。
胸元に押付けられる顔。そして布越しに伝わってくるユーリの温もりと、冷たすぎるタオルの感触。
「それより、この髪はどうしたんです?」
冷たさが限界に達し、苦し紛れに話題を振る。
思ったとおりユーリは顔を離しオレを見上げた。
「アニシナさんの発明。ホントはコレで驚かせようと思ってたんだけど。
…コンラッドが先に勘違いしたから、そのまま演技し続けてみた…。」
最後のほうはとても小さな声で。
心地の良い独占欲。滅多に見せてくれないその姿、想いがオレの全てを沸きたてる。
不安に揺る漆黒の瞳に見つめられて我慢できずに唇を塞いだ。
鼻から漏れる抗議と安堵の入り混じった声を合図に長い夜へと入っていく。
オレを欺いたこの愛しい人にありったけの愛情を注ぐための夜へと。





1万HITありがとうございました。
越えられたのもひとえに皆様のおかげです。
こんなヘボ小説に付き合いいただき、心から感謝しております。
しかも、UPが遅くなってしまい本当に申し訳ありません;;
砂が吐くようなの!とか思ってたのですが…できませんでした。
次はもっと甘いのを目指そうかと。
稚拙ではありますが、どうかこれからもよろしくお願いいたします。 なお、フリー小説ですのでお持ち帰りは自由です。
著作権は如月にありますので、サイト名、著者の表示の方お願いいたします。


                     by aya kisaragi